| 「バーチカルツイン・エンジン」は当時、スポーツバイクの証し
70年代当時、単気筒から2気筒、4気筒と「マルチ化」と大排気量化が進んでいくという『技術的な発展途上』の時期にあった。その激動の最中、当時2ストローク車のみ生産していたヤマハが、満を持して登場させた初の4ストロークマシンが、「XS−1」である。当時、人気のあったトライアンフをはじめとする「英国車」を超えるべく造られたXS−1。当時、英国車の主流である「バーチカルツイン」を採用しながらも、バルブの駆動方式を英国車が採用していた「OHV」ではなく「OHC」を採用した。OHCはOHVに対し、プッシュロッドを介さない分、高回転化が可能で、それによってパワーが引き出せた。同排気量のトライアンフ車が46psに対して「XS−1」は53psと数値上でも大きく上回り、最高速も185km/hをマークした。
このように、高いポテンシャルを発揮し、登場した「XS−1」。しかし、「XS−1」のデビューする前の年である69年に、あまりにもセンセーショナルにデビューしてしまったライバル「ホンダ
CB750FOUR」の影に隠れてしまうような形で70年にデビュー。高性能で魅力のあるバイクでありながら、あまりスポットライトがあたる事は無かった。しかし、ヤマハが65年から70年までと長い年月を掛けて「信頼性の確保」の為、慎重に時間を掛けて開発してきた甲斐があり、TX、XS-Splと名前を変えながらも、超ロングセラーモデルとなり、全世界で密かな人気を呼んでいた。
また、「XS650E」以降のモデルは、73年以降「TX650」
と名前を変え、バーチカルツインの伝統が引き継がれて行った。 |