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塗料の違いを細かく見る

  話をベスパに戻そう。
僕がオリジナル塗装のベスパに深く魅了された感覚は、ギターマニアがラッカー塗装されたビンテージギターに魅了される感覚と全く同じかもしれない。
どちらも塗膜は艶引けし、細かいクラックと共に長い歴史を生き抜いて来た独特のオーラを抱いている。
もちろんベスパはボディが共鳴し音を出す楽器ではない。
しかしギターの「音」をベスパの「ボディフォルム」に置き換えると、話が見えてくると思う。
もしもウレタンでレストアされたベスパとオリジナル塗装のベスパを見比べる機会があれば、鉄板と鉄板を重ね合わせて溶接した箇所に注目して欲しい。
例えばフロントのノーズ部分など(Photo-16~17)。
改めて見比べると、その段差部分のエッジの違いに驚くだろう。
ウレタンの塗膜は厚めに塗ってからポリッシュして仕上げるので、ボディ全体をテロンとした硬い卵の殻で覆ったような印象を受ける。
極端に言えば人間が鎧をまとった様な状態。

  頑丈な塗膜は劣化が少なく、磨けば当分の間はピカピカのコンディションを維持できる。
しかも写真で確認できるように、レストアを重ねたこのケースではウレタン塗料が何層にも厚塗りされている。
一方、ラッカーは前述の通り塗膜が非常に薄い。
鎧のウレタンに対し、Tシャツ一枚のイメージ。
塗膜は経年で劣化し痩せて行くが、それはまさに洗濯を繰り返し身体に馴染んでいくTシャツのよう。
さらに製造から半世紀以上を経たオリジナル車両の塗膜は経年でヒケて薄くなり、ボディ本来が持つシルエットをよりくっきりと際立たせていく。

  また塗膜に入ったクラック(Photo-18)は、さながら古美術品の陶器の様な長い歴史と深い味わいを感じる。
これこそがまさに、僕がオリジナル塗装に魅了された最大の要因だった。

[ウレタン塗装例]

Photo-16
Photo-16

[ラッカー塗装例]

Photo-17
Photo-17

自分で塗装しようと決断

Photo-19
Photo-19

  2016年のベスパブランチにてレストア後の車両を撮影

  2010年3月、10代の頃から憧れていたスモール……最初期の1963年式Vespa50(Photo-19)を手に入れた。
日本のベスパシーンを牽引してきた50Sの元祖であり、ベスパの父コラディーノ・ダスカニオが最後に手掛けたのがこのモデル。
日本では通称スモールフラップ。
本国イタリアではプリマセリエの愛称で親しまれ、今なお多くのファンを持つ1台だ。
一回り小さなエンジンカバー(Photo-20)が一番の特徴。
よくよく比較してみると50Sや100とは全くの別物で、流用出来るパーツはかなり少ない。
しかもこの1963年式には1950年代のベスパに通じる設計が、1964年以降の2ndモデルと比較しても色濃く残っており、この点がこの車両の最大の魅力といえるだろう(Photo-21)。
全バラ状態で格安だったが、パーツの欠品多数。
ウレタンで塗り直されていたボディも板金が必要な状態。
当初は馴染みの修理工場に持ち込んで、今まで通りウレタンでキッチリ仕上げようかと思っていた。
だけどそれまで抱いてきたラッカー塗装への憧れから、せっかくの機会なのでこのベスパをラッカーで仕上げてみようと思い立った。

  しかし正直ラッカーには苦い想い出もあった。
実は10代の頃にオレンジの50Sを市販のラッカースプレーでグリーンに塗り替えたのだが、すぐに塗膜が剥がれて大失敗した経験があったのだ。
今考えれば、塗装前に下地処理を全く行わなかったのが原因だったのだろう。
そんな苦い経験を踏まえつつ、改めてベスパをラッカーで仕上げられるかを思案。
馴染みの修理工場の社長に相談したが、「うちはもうラッカーはやってないし止めておいた方がいい」と言われた。
理由を聞くと、やはりウレタンよりも手間が掛かり、また塗膜が劣化する点を指摘された。
その後ブランチで何名かのベスパ仲間と塗料について議論もしたが、皆がウレタンがベストとの答え。
さらにはネットを見ても、クルマやバイクをラッカーで塗って失敗した経験談ばかり……。
ここまでマイナス意見が多いと、普通は躊躇してセオリー通りウレタンで塗る方向にシフトするだろう。
ところが僕は逆に自分の手で塗装する事で、実際の仕上がりがどうなるのか検証したくなった。

当時のベスパ50カタログ
Photo-20
当時のベスパ50カタログ
Photo-21

"いい加減な塗り味"を再現

  これは僕の主観だが、自分の手を汚しながらベスパを整備するオーナーは、全てショップ任せなオーナーよりもずっと幸せなベスパライフを送っていると思う。
愛車との密接な距離感とでもいうのだろうか。
僕もそんなベスパ乗りに憧れて、30年近く自分の手を汚してスキルを磨いてきた。
塗装だって同じこと。
失敗してもいい。
それでも笑いのネタにはなるだろう。
そんな想いでベスパをラッカーで仕上げる決意をした。
さて、ラッカーにも種類がある。
ベスパに用いるべきはニトロセルロースかアクリルかで迷ったが、時代考証的にアクリルが正解だろうと判断。
唯一当時のオリジナルカラーが残るエンジンカバー(Photo-22)。
それを色見本に塗料店で調色して貰った。
さすがはプロの仕事。
イメージ通りの色合いに再現されていた。
まずはシートの台座を塗ってみた。

  続いてテールライト。
先に小物パーツを塗装する事で、ラッカー塗装のコツが感覚的に判ってきた。
まぁそれまでもプラモデル作りで比較的ラッカー塗装には慣れてはいたが。
塗り上がった梨地の塗膜にペーパーをあて(Photo-23)、さらにコンパウンドで磨くと仕上がりはまさにNOS同様。
"これは、行ける!"……そう強く確信した。
その後もタンク、ヘッドライト周り、フェンダー、ボディへと塗装は進んだが、気分は1960年代のピアッジオの工員。
気負わず、リラックスし、イタリア人の良い意味でのテキトー加減での仕上がりをあえて重視した。
ベスパの黄金期であった1950〜1960年代当時、一日に一体どれだけのベスパが生産されていたのだろう。
その数はおそらく日産で何百台にもなっただろう。
当時のピアッジオ工場の塗装風景をビデオで見た事があるが、まさに流れ作業。
手慣れた職人がシュシューっと塗って終わり。
そんな光景だった。
また、ビデオでは背面に滝の様に水が流れていたが、それは埃が立つのを防ぐ役目だったと知り、僕も作業場に水を撒いてから塗装した。

  ちなみにオリジナルコンディションの車両をよく見ると、見えない部分はかなり適当に仕上げているのが判る(Photo-24)。
几帳面な日本人からすれば単なる雑な仕上げとなるが、これが僕には味があり、妙にカッコよく見えた。
まさにその、イタリア人ならではの"いい加減な塗り味"の再現を目指したのだ。
塗装開始から結構な時間を掛け、全てのパーツを当時の雰囲気で仕上げる事が出来た。
時期的に初夏の頃だったので、日陰でしっかり乾燥させた後、組み付けに入った。
以前ウレタンで仕上げたVBAは、組み付けの際に塗膜が卵の殻の様に割れ塗り直した事があったが、ラッカーは意外にもすんなり組む事が出来た。
これも薄い塗膜が功を奏した結果だと思う。

ラッカーは生きている

  一通りレストアが完了し、早速目の肥えたVCM仲間に披露すると、皆が「素晴らしい!」との太鼓判を押してくれた。
その後エンジンに不具合が見つかり不動状態だったが、2013年のベスパブランチに車両を持ち込む(Photo-2526)と予想以上の人だかりが出来、自分の手で再生した車両がこうして脚光を浴びるのは本当に嬉しかった。
さらには「特別賞」も頂き(Photo-27)、長い時間を掛けた苦労が報われた喜びでいっぱいになった。
2012年末からスタートしたレストアは、当初誕生から半世紀となる2013年内の完成を目指したが、前述のエンジン不具合でパーツ確保にかなりの時間が掛り、本完成は2014年3月にズレ込んだ。
それから2年余りの月日が過ぎたが、この間何のトラブルも無く、僕のプリマセリエはこれまで2,500km以上の道のりを元気に走って来た。
完成後にYouTubeにアップしたレストア動画は世界中のベスパマニアから高い評価を頂き、また多くの熱いコメントも届いている。

  さて、この2年の間でラッカーの塗膜は少しずつ変化して来たように感じる。
とは言っても、ペリペリと剥がれる様な悲惨な事態は全く起こっていない。
今のところクラックも皆無。
またラッカーはガソリンに弱いと聞いていたが、給油口付近の塗装も溶けたような形跡は全く見当たらない。
全体的に見ると塗り上がった当初よりは若干艶がひけ、少し黄変してきたかな? ……という程度。
その変化は劣化ではなく、さながら樽の中で静かに変化していくウィスキーの熟成に近い印象だ。
世間に蔓延るラッカーへの様々なマイナス意見を振り払い、自分の手で実践し、僕が辿り着いた答え。
それは、「ラッカーは生きている」という事だ。
これからも、僕はこの愛車を愛でながら塗膜の変化を楽しんでいけるだろう。
生誕100周年となる2063年、このプリマセリエはどんな状態に変化しているのだろうか?

  その頃の僕は95歳。
その姿を見る事は、なかなか難しいかもしれない。
それでももし生きていたら、僕はきっとこう言うだろう。
「今の塗料じゃ、50年経ってもこうはならねえんだ」

Photo-25
Photo-25
Photo-26
Photo-26
Photo-27
Photo-27

2013年ではなく2016年のベスパブランチで撮影したもの

改めて完成した相澤号を見てみよう!

  プリマセリエ編の第1回目でも触れていますが、主役となった相澤号とはVespa50というモデルの最初期型にあたります。デビューは1963年なので、相澤さんは50年以上も前の個体をコツコツと、時には仲間達の手も借りながらレストアしたワケです。
この最初期型50はベスパにとって初の市販50ccモデルであり、適度な出力特性を持つシリンダー傾斜角45°エンジンを軽量コンパクトなモノコックフレームに搭載した新開発モデルでした。結果的に軽量コンパクトな車体、汎用性と信頼性が非常に高かったエンジンなどが市場で評価され、排気量やモデルバリエーションを追加変更しながらロングセラーモデルへと成長していくキッカケにもなった記念碑的モデルでもあります。
さらに最初期型に関しては、ベスパの生みの親たるコラディーノ・ダスカニオが最後に手掛けたモデルであるところもファンにはたまらないものがありますね。いろんな意味でレアモデルであるという点もたまりません。
それではレストアを終えた相澤号、あますことなくご覧下さい!

これにて終了!

とうとうプリマセリエ編が終了です。レアモデルのレストアだったり、相澤調べの着眼点だったり、なにより時代に逆行するかのような"こだわり"によるラッカー塗装など、実に興味深い話題ばかりだったんじゃないかと思います。
今後も興味深い内容であれば寄稿していただくケースもあるかと思いますので、これまで以上に「大人のたしなみとしてベスパに接してみよう!」にご注目下さい。
なお最後に相澤さんがweb上で公開しているレストア動画のリンクを貼っておきます。
ぜひチェックしてみて下さい!

今回の最後の1枚はダスカニオ企画展の全景です。イタリア・ポンテデラのピアッジオ本社に隣接するミュージアム内の一角で展開されていた企画展で、ご覧のようにかなりのスペースを割いてコラディーノ・ダスカニオの作品群を余すことなく公開していました。

それでは次回をお楽しみに!