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  現在は旅行家として日本、世界中をバイクで走り回っているが、バイクを乗り始めた頃はまさかこんな未来が待っているなんて、夢にも思っていなかった。これまで数えきらないくらいたくさんのバイク旅をしてきたが、その中でも最初の日本一周は強く心に残っている。あの決断、あの旅の体験がなければ、いまの自分は存在していなかっただろう。  最初の日本一周は23歳なので、いまから30年前。当時は書くことが苦手だったので(今も苦手なんだけどね、笑)旅日記も書いていなかったので記録が何も残っていない。唯一あるのがアルバム写真。それでも古いアルバムのページを捲るたびに、当時の旅が鮮明に蘇ってくる。それでは今回は写真を見ながら、日本一周1984を辿ってみよう。

プロローグ

  僕が「日本一周」に憧れるようになったのは中学時代。小学生の頃から自転車でいろんなところへ出かけるのが大好きだったが、いま思うと“週刊少年キング”なる不人気な漫画週刊誌があり、その中にあった連載「サイクル野郎」の影響が大きかった気がする。「サイクル野郎」の主人公「丸井輪太郎」、自転車屋の息子で高校受験に失敗したことをきっかけに自転車で日本一周の旅に出る。そこに寿司屋の息子で幼馴染「陣太郎」が自転車で後から勝手について来たり、秋田出身の通称「なまはげ」という自転車野郎と出会い、仲間として加わったりしながら「日本一周」を目指すというもの。旅先では資金稼ぎのためにアルバイトをしたり、実在するユースホステルに泊まったり、無人駅で野宿をしたり、漫画にしてはかなりリアルな内容だった。各地でアクシデントやハプニングに見舞われ、時に恋に落ちながら、旅は進んで行く。読んでいるとまるで自分が旅をしているような気分になりワクワクドキドキ、発売日が待ち遠しくて仕方がなかった。そしていつの日か、僕も輪太郎のように、気ままに日本一周をしてみたいと思うようになっていた。

  そんな影響から、中学2年の夏休みに友人とふたりで富士五湖&伊豆半島一周、3泊4日の自転車ツーリング。高校になると今度はひとりで神奈川から岩手まで1週間の自転車旅。20歳には原付バイクで九州一周、少しずつ行動範囲を広げて行った。21歳でデザイン専門学校を卒業すると印刷会社に就職。そこで貯めたお金で中型バイクを購入した。バイクに乗り始めた頃は旅=アメリカンのイメージだったが、当時の日本のバイク界は映画「汚れた英雄」に代表されるレーサーブームの真っ只中。そんな影響を受けた僕は、行きつけのバイクショップにあった赤のRZ250に一目惚れ。大幅に割引するというオーナーの話に乗せられRZを購入した。RZに乗り始めると旅よりスピード感に魅了され、皮ツナギを着て毎週のように箱根の峠を攻めるようになった。そんな週末が1年近く続いたある日、西湘バイパスのパーキングで休憩中に「僕がやりたいことは、こんなことじゃなかったはず…」突然目が覚めた。それから峠へ行くのをバッタリやめた。そして目標を新しい日本一周にした。

  その時生まれて初めて、無駄使いばかりしていた僕が定期貯金を始めた。初めて見つけた本気の目標だった。とにかく節約の日々。貯金の金額が増えて行くのが嬉しくてたまらない、昔の自分がウソのようだった。1年間で予定の金額が溜まると、日本一周をするため会社に辞表願いを出した。その後の再就職の不安よりも、自分が心からやってみたいとことがあり、それを自分の力で実現することができる。喜びと期待の方が大きかった。中学時代から続いていた夢がいま実現する。迷いはなかった。

旅立ち

  バイクはヤマハRZ250。ツーリング向けのバイクではなかったが、そんなことは関係なかった。とりあえず自転車で使っていたサイドバックをシートの両側に括り付け、ホームセンターで買った安物のテントと寝袋をリヤシートに載せて北へ向かった。当時よく読んでいたのがバイク雑誌「モーターサイクリスト」。夏になると北海道が特集され、広い空、緑の大地、どこまでもまっすぐに延びる道を走るバイクなど、雄大な世界が誌面を賑わせていた。「こんな広い世界があるんだなぁ、いつかこんな風景の中をバイクで思い切り走ってみたい!」心はすでに北海道に飛んでいた。

青森からフェリーで函館 小岩井農場で羊とたわむれる

  どこをどう走ったか憶えていないが、初日の夜が猪苗代湖の湖畔だったことは憶えている。日が暮れてから湖畔に到着、テント設営は初めて、暗くてどこにどう張っていいのかわからない、それでも何とか空き地のようなところを見つけてテントを設営した。落ち着くと少し離れたところに人影が…  えっ、そこに人がいる?  まさか、幽霊?  怖くなった僕は見ないふりをして寝袋に潜り飲んだ。外に出られないのでトイレもガマン。夜が明けるともうトイレが我慢できなくなり、ファスナーを開けた。外を見ると、人影だと思って怖がっていた影が、普通の木だったとわかり笑った。

  次に小岩井農場で羊の頭を撫でている写真があるのだが、これは全く覚えていない。次にフェリーとバイクの写真。どうやら北海道に上陸したらしい。そして何かの像の前でおどける3人。写真をネットで調べてみると、函館のトラピスチヌ修道院のようだった。一緒に映っているふたりもやはり僕と同じひとり旅、名前は忘れたが、初めて旅先でできた仲間だったのでよく憶えている。ひとりはおとぼけ、ひとりは兄貴的なキャラクター。おとぼけとは別れた後、どこかで再会した記憶があった。大沼のキャンプ場で一緒にキャンプ、その後洞爺湖でも一緒にキャンプをしたことを憶えている。悔やまれるのが写真。カメラの設定を途中で触ってしまったらしく、写真に靄がかかったようになりハッキリ映っていないのだ。ふたりと別れてからの写真は大丈夫なので、その後で気が付いたのだろう。僕はバイクに詳しくないが、詳しい人が見たらバイクの車種などもわかるかもしれない。

  そして石狩の海水浴場の砂浜でテント泊。朝になると海水客がいっぱいだった。北海道の人は泳がないと勝手に決めていたのでこれは驚きだった。その後、橋の下でもテントを張ったらしく、バイクと自転車の旅人2人と映っている。そこから富良野の花畑、北の国からの麓郷、朱鞠内湖と進んで行く。朱鞠内湖の近くに「湖畔」というホームと待合小屋だけの小さな駅があり、そこの小屋で自転車の大学生とふたりで野宿をした。僕は23歳になっていたからきっと兄貴ぶって、色々な話をしていたんだろうなぁ(笑)。

想像と違うぞ宗谷岬

  そのあと日本海を北上して、念願の宗谷岬へ!!  最果ての地をイメージしていたのに、着いてみると意外と広く、土産物屋がたくさんあったので「あれれ、想像していたのと違うぞ~」と思った記憶がある。象徴的な三角の碑はもちろん印象的だったが、同じくらい記憶に残っているのが「そうやの~みさき~♪」という「宗谷岬の歌」がスピーカーからエンドレスで流れていること。当時、雑誌で宗谷岬の写真は何度も見ていたが、動画など音は聞いたことがなかったので衝撃的だった。いまならそういう動画もYOUTUBEなどで簡単に見られるので、ある意味、当時ならではのエピソードなのかもしれない。

  その後、オホーツク海沿いを東へ。サロマ湖、網走刑務所、そして知床半島。知床峠では女の子たちに声をかけて一緒に記念写真。自分なりの小さなチャレンジだったが、いま見ると恥ずかしい。峠を越えて羅臼へ、そこで偶然出会ったライダーに「泊まれるいい場所があるよ」と誘われてついて行くと、そこは「俺たちの宿」という、地元の親切な漁師さんが小屋を旅人達に開放している場所だった。ただの小屋だが、当時は野宿かテントだったので屋根と床があるだけでもありがたかった。ライダー1人にチャリライダーが2人。漁師さんの話を聞きながら一緒にご飯を食べたり、露天風呂へ行ったり、トランプをしたり、楽しく過ごした。漁師のおじさん、いまはどうしているのだろう?

  感動したのが立ち枯れたトドマツの林が広がる野付半島の「トドワラ」荒涼とした風景は独特で、まるでほかの国のようだった。その後、日本の最東端である納沙布岬へ。展望台の双眼鏡を覗くと北方領土が見える。「こんなに近かったのか…」と驚いた。北海道はとにかく信号が少なかった、走ろうと思えば1時間だって止まらず走り続けることができる、広い世界は僕の心まで広くして行った。
  屈斜路湖、阿寒湖。そして「地平線が丸く見える」と聞いていた開陽台へ。展望台へ上るとまさに「デッカイドー!」な景色が広がっていた。しかし、確かに広いんだけど、僕が想像していた地平線とはどこかが違っていた。(これがその後本当の地平線を見る為にオーストラリアへ行くひとつのきっかけとなった)

  帯広へ行くと噂の「カニの家」へ! 町が旅人のために夏限定で無料宿泊できるように立てた大型テントで、ライダーハウスの原点のような場所。雑誌で読んだ時から北海道へ行ったら泊まりたいと思っていた場所だった。帯広駅へ行くと近くに大きなテントが張られ、バイクが30台ぐらい並んでいた。見ると全国各地のナンバーがあり、それを見ているだけでも楽しかった。テントの中に入ると、たくさんの寝袋が所狭しと並んでいた。初めて見る世界に胸をときめかせながら、全国の人たちと話をした。
  翌日は当時大人気だった「愛国駅→幸福駅」の切符を買うため愛国駅へ。愛国駅はコンクリートの新しい駅舎だったが、幸福駅は小さな木造の駅舎でとてもいい雰囲気だった。中に入ると壁と天井に無数の名刺となぜか使用済み定期券がたくさん貼られていた。僕も辞めた会社の名刺を記念に貼っておいた。
  次に訪れた襟裳岬は、霧で何も見えなかった。そしてここも宗谷岬と同じように森進一の「襟裳岬」が延々と鳴り響いていた。それから札幌、支笏湖を経由して函館へと向かった。北海道の3週間は驚きと感動の連続、瞬く間に過ぎて行った。

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