モーターサイクルデイズ

■YAMAHA PASSOL 1981年[パッソルをBBBで探す]

阿蘇山

九州ツーリングで行った阿蘇山。125に乗っていた人と仲良くなり一緒に記念写真。

  僕が高校生の頃(70年代)は原付の免許を取るのが当たり前の時代だった。僕は父親が大工という理由だけで工業高校の建築科に入学。クラスの半分がリーゼントで(笑)、7割以上が原付に乗っている不良高校だった。バイク3ない運動(「運転させない」「買わせない」「免許を取らせない」)が盛んな時代だったが、みんな隠れて取っていた。当時、クラスでは原付のミニトレ、ダックス、バンバンなどが人気だったと記憶している。

  リーゼント野郎たちに囲まれていたにも関わらず、周りの流れに合わせたくない僕はバイクには目もくれず。中学時代から夢中になっていたサイクリング車(12段変速のランドナー)に乗り続けていた。関東の峠を越えたり、ひとり旅で神奈川から岩手まで行ったり、かなり本格的に自転車を楽しんでいた。

  見た瞬間は特に感動はなかったが、エンジンをかけ走りだすと流れる風の気持ちよさに驚いた。さらに自転車と違って漕がなくても走るのが新鮮だった。走りながら「おおっこれならどこまでも走れるぞ!」と本気で思った。(この時はまさか自分が将来、原付で世界一周をするとは夢にも思っていなかった)。オートマチックギアで、また両足をそろえて乗れる国産スクーターはこのパッソルが最初になるのだろうか?  同じようにオートマチックギアのロードパルも同じくらい人気があったと記憶している。小さくてプラモデルみたいなバイクだったけど、とにかく僕に「バイクってこんなに楽しいんだ!」と最初に教えてくれたバイクがこのパッソルだった。


■YAMAHA RX50

野辺山

親友のWとツーリングで野辺山へ行った時のヒトコマ。国鉄最高駅と書いてある

  パッソルに乗り始め、バイクを運転する楽しさがわかってくると、他にどんなバイクがあるのか気になってきた。町を走っているバイクを眺めたり、雑誌を読んだりしてバイク研究が始まった。その頃はまだ二輪免許を取る気はなかったので、とりあえず原付の中にいいバイクはないか探した。そのときの僕が選ぶポイントはスピードやパワーではなく、自転車と同じように旅しているスタイルのかっこよさ。

  あるバイク雑誌に載っていたアメリカ大陸の雄大な風景を走り抜けるアメリカンバイクに「ズキューン!」と胸をぶち抜かれた。原付にアメリカンバイクはないのか調べてみると、スズキはマメタン、ホンダはラクーン、ヤマハはRX50と3種類があることが分かった。二輪免許はないけど、大きなバイクに憧れがあった僕は、一番大柄でスタイルも整っているRX50に一目惚れをした。

  高校で建築を勉強したが、自分が大工に向いてないことがわかると、卒業後はデザインの専門学校に進学した。日々バイクツーリングへの憧れが募って行くと、21歳の春休みに九州ツーリングを計画した。半分を貯金、半分を親に出してもらい、ついにRX50を買うことになった。生まれて初めて、このバイクに乗りたいという自分の意思で買ったバイクがこのRX50だった。学校から帰宅するとRX50が家に届いていた。胸が張り裂けそうなほど嬉しかった。色は濃い目のワインレッド。跨ってみると大きくてカッコイイ!  ハンドルの幅も広く、まさに理想のアメリカンバイクだった。


ユースホステル

この頃のツーリングで泊まる宿泊地はいつもユースホステルだった。

  一週間ほどギアチェンジの練習しただけで九州へ向かった。初めての長距離バイクツーリング。RX50は2サイクルエンジンだが、実はこの時エンジンオイルの補充は必要なこと、長距離を走るとチェーンが伸びることなど、なにも知らなかった。山口県で偶然同じRX50で旅している人と知り合うと、その人から「オイルは大丈夫?」と聞かれた。意味がわからずキョトーンの僕。

  その時始めて、2サイクルエンジンはオイル補充が必要なことを知った(おそらく取扱説明書には書いてあったと思うけど、全然読んでいなかった)。その後も、変な音がするなと思いながら走っていたら、駐車場で知り合ったライダーが「チェーンが伸びているんじゃない?」と教えてくれ、わざわざ工具を出して直してくれた。いま思い出すとあまりに無知すぎて、恥ずかしい限り。ある意味、原チャリで世界一周するよりも無謀だったかもしれない。

  スタイルに惹かれて買ったが、走ってみるとパワーも十分、車体が大きいためポジションも楽で長距離走行も疲れ知らずだった。ギアチェンジは初めて、バイクを操る楽しさ、バイクツーリングの醍醐味を教えてくれたのがこのRX50だった。


■YAMAHA ■YAMAHA  RZ250[RZ250をBBBで探す]

親友のWはVT、僕はRZ

親友のWはVT、僕はRZ。ライバル関係のバイクだったのでよくバトルした。

  もっと大きなバイクに乗ってみたいと思うようになった僕は、ほどなくして中型二輪免許を取得した。この頃、バイクに夢中で雑誌の「モーターサイクリスト」や「オートバイ」を毎月買って読み耽っていた。

  その頃、大きくてあまり人が乗っていないバイクが好きで、ヤマハのXZ400が気になっていた。あるときショップへXZ400を見に行くと、いま展示しているヤマハのRZ250なら割引してくれると言われ、突然気になる存在になった。

  RZは想定になかったが、当時大人気の車種で2ストで35馬力もあり「簡単に扱えないじゃじゃ馬」「乗り手を選ぶバイク」などと言われていた。そこにあったのは珍しく僕が好きな赤色のRZ。僕はあまり飛ばすタイプではないが、赤のRZで峠を走っている姿を想像すると胸がトキメキ、エイッと衝動を買いした。

  当時は空前のバイクブームだった。映画「汚れた英雄」、大人気だったバイクレーサーのフレディスペンサーやケニーロバーツ、漫画「バリバリ伝説」などの影響から、箱根などの峠道はライダーがいっぱい。僕といえばツーリング、アメリカンが好きなはずだったのが一転。RZを買ったことをきっかけにスピード感を求めるようになり、いつのまにか峠道を攻めるようになっていた。  もちろん革つなぎも買った(笑)。仲のいい友人がホンダのVTに乗っていて、公道でレースまがいのことをよくしていた。あの頃の箱根はすごくて、カーブごとにバイク見学をするギャラリーがいた。


箱根を攻める藤原さん

お金がなかったのでほとんどカスタムはせず。ただ早くなりたかった時代。

  あるとき初めて走る峠道のカーブに差し掛かり、車体を倒し始めると路肩にずらっと並ぶギャラリーが視界に飛び込んできた!!  見た瞬間、驚きと緊張で体が固まり、そのままハンドルを取られてガシャン。転倒してしまった。心配をして人がドンドン集まってくると、顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。

  一年ほどそんなことをしていたが、一般車両に迷惑がかかるばかりだし、本気でやるならサーキットに行くべき。そう思った僕はある日から、峠へ行かなくなってしまった。再び大好きだったツーリングへ戻り、お金を貯めて、十代から夢だった日本一周をRZで実現させた。  低速トルクがスカスカで走りにくく、ポジションも前傾姿勢でツーリング向きとは言えないバイクだったが、それがRZの魅力でもあった。たくさんことを教えてくれた。想い出の深いバイクとなった。

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