BBB MAGAZINE

  • EnjoyCampTouring!

    2018.04.30 / Vol.27

    - page2 - ツーリングキャンプ面白体験談

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    藤原かんいち

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    藤原かんいち

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    モトラ

4.マイナス15度でキャンプ(北海道)

荷物満載のモトラで雪道を走る
荷物満載のモトラで雪道を走る

これは若かりし頃のはなし。20代でパワーが有り余っていた僕は、真冬の北海道ツーリングにチャレンジしようと考えた。バイクはホンダのモトラという原付バイク。丈夫なカブ系のエンジンに大型キャリアが特徴。極太のタイヤにスパイクを打ち込み、キャリアにキャンプ用品を積んで、極寒の1月、フェリーで北海道へ向かった。

装備はどんな寒さにも耐えられるよう、テントは冬用の外張り、マットは銀マットとエアマットのダブル。シュラフはダウンが大量に入った真冬の登山用、さらにゴアテックスのシュラフカバーを準備した。マイナス20度くらいまでは耐えられる装備を持っているが、あくまで卓上の計算。どこまで耐えられるかは未知数だ。

フェリーを降りて苫小牧に上陸するとすでにマイナス5度。初めての冬季北海道走行だが雪が締まっていて思ったほど苦戦せず進めた。ウエアも真冬ようなので問題なし。

雪の中にテントを張った
雪の中にテントを張った

1日目、夕方になる前に無人公園らしきところにテントを張った。気温はどんどん下がりマイナス10度に。テントから20mくらい離れたところに自動販売機があったので温まろうと思いホット缶コーヒーを買った。テントに戻り、なんだかんだしてから「さあ一服」と缶コーヒーに口をつけた。その瞬間「ヒェーッ」。何とすでに冷たいアイスコーヒーになっているではないか(笑)。こんな短時間で!? まさか、まさかの状況だった。

夜になるとアウターパンツを脱いでシュラフに潜り込んだ。装備を万端にしていたのでシュラフの中は天国のように暖かだった。おかげであっという間に夢の中。

翌朝、起きて温度計を見ると、何と気温はマイナス15度。これは寒い。生まれて初めて体験する気温だ。枕もとに視線を移すと昨夜脱いだアウターパンツが抜いた時の状態のまま、凍り固まっていた。「おおっ、スゴイ!」隣にあるカップ麺のスープもカチカチ、アイスのように凍っている。そんな場所で寝ていたのかと思うと、なんだか楽しかった。

翌日、バイクが壊れてしまい(オイルポンプの故障)残念ながら旅は中止、帰宅することになったが。印象に残る、極寒キャンプとなった。

5.北海道3大アホ・キャンプ場の正体(北海道)

北海道のキャンプ場は今も楽しい
北海道のキャンプ場は今も楽しい

24歳、ホンダのXL250Sで北海道中の林道を走り尽くす旅をした。当時は宿に泊まるお金がなかったので、ほとんど毎日キャンプをしていた。北海道では同じように日本一周や北海道一周をしているライダーがたくさんいて、出会った人と一緒に走ったり、仲良くなると一緒にキャンプをした。そんな旅人ライダーたちの間で「北海道3大アホ・キャンプ場」なる存在の噂が広まっていた。どうやら強烈なキャンプ場が存在しているらしく「あそこは普通じゃない」「最高に面白い」…いろんな噂が飛び交っていた。

その中のひとつが富良野の鳥沼キャンプ場。果たしてどんなところなのか?楽しみ半分怖さ半分で到着した。すると昼間だというのに、すでにかなりの数のテントが張られていた。旅人は普通、昼間は走っているのでキャンプ場にテントはないことが多い、それなのにどうして? 不思議に思う。さらにそのテントの周りには日用品が置かれ、生活の匂いがプンプン。ほかのキャンプ場と雰囲気が全然違っていた。テントに人はいないようだが、出かけているのかな?と思いつつテントを張る。

24歳の北海道ツーリングの写真
24歳の北海道ツーリングの写真

夕方になるとテントの主が次々に帰ってくる。みんな作業着に長靴姿。聞くとみんな日本一周の途中で、旅資金が無くなったのでここから農作業バイトへ行っているという。資金を貯めてから旅はするものだと思い込んでいたのでびっくり。そうか、旅の途中でバイトをして資金稼ぎする手もあるんだな。そんなスタイルがあることを初めて知った。

あるものはお金を貯めてから沖縄を目指すといい、あるものはこの後、別のバイト地へ移動して北海道で越冬するといった。旅の仕方も生き方も自由。こんな風に普通の旅人とは一線を画した変わり者、よく言えば個性豊かな、旅人が集まるキャンプ場がアホキャンプ場と呼ばれる理由だったのだ。

みんな同年代ということありすぐに仲良くなった。昼は一緒に公園のボートで遊んだり、一緒にバイクで走りに行ったり、夜になると焚火を囲んでみんなで毎晩おしゃべり。旅のこと、将来のこと、夢のこと、いろんな話をした。仲間の誕生日の日には、みんなで手作りの誕生日ケーキを作成。かなりひどい出来だったが(笑)、仲間の喜ぶ顔を見られたのは嬉しかった。

結局4~5泊した記憶があるが、このキャンプの体験はその後、自分の人生に大きな影響を与えることとなった。また、その時みんなから「隊長」と呼ばれていたシゲさんは鹿児島に住んでいるのだが、いまでもFBで繋がっている。こんな風に長い付き合いになる仲間と出会える場所もまたキャンプ場なのである。

6.12年越しの夢の米原キャンプ場(沖縄県)

沖縄のキャンプは特別な魅力がある
沖縄のキャンプは特別な魅力がある

北海道の鳥沼キャンプ場にいた旅仲間の最後の合言葉が「冬、石垣島の米原キャンプ場で会おう!」だった。しかしその時は沖縄へ行く予定のなかった僕は、そんなみんなの様子を笑顔で見送っていた。どんなところなのかわからないだけに、その時から米原キャンプ場はいつか行ってみたい、憧れの地になった。

それから12年の月日が流れた。日本一周の旅で沖縄を訪ねることになった。そこで長年の夢だった石垣島へ渡ることに決めた。もちろん目的地は米原キャンプ場、南の島のキャンプ場というだけでも楽しみだが、そこには12年間の思いも詰まっていた。

着いた米原キャンプ場は透明な海が目の前にある、楽園のような場所だった。サイト自体は木々に囲まれていて、地面は砂地。設備はオンボロだが、それ以上に豊かな自然があった。歩いて1分の海に入ると、きれいな熱帯魚がウヨウヨ泳いでいる。すごい。これほどきれいな海が日本にあったのか! と心から感動した。さらにその年の夏に北海道で出会った旅人と偶然の再会。ほかにも旅人ライダーが4人もいて、一緒にご飯を食べたり、お酒を飲んだり(僕は下戸なのでコーラだが)昔の鳥沼キャンプ場のような時間を過ごした。

ここが米原キャンプ場
ここが米原キャンプ場

さらに思い出に残っているのが満天の星。夜、テントの外でみんなとおしゃべり、その輪を離れてトイレへ向かいながら何気なく夜空を見上げると、天を無数の星が埋め尽くしていた。桁違いの美しさ。その数と輝きはスペシャルだった。ひと段落したところでテントへ向かって歩いていると、白い地面がガザガサと動いた。えっ? 目を凝らしてよく見るとビックリ、無数のヤドカリが砂の上を歩いているではないか。こんなにすごい数のヤドカリ、初めて見た。まるで地面がそのまま移動しているんじゃないか?と目を疑うほど、すごい光景だった。

石垣島ではバイトこそしなかったが、旅人仲間、美しい海、夜空の星、ヤドカリ…すべてが思いを裏切ぎることはなかった。12年越しの夢を叶えた場所が米原キャンプ場だった。

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